無踊舞踊プロジェクト

概要

無踊舞踊は、「踊り」を身体運動のみに還元せず、関係、配置、変化、反復として捉え直す研究です。

本研究では、舞踊を特定の身体表現の形式として限定するのではなく、時空間のなかで生起する差異、遷移、呼応、同期、ずれの構造として扱います。その立場から、人の身振りだけでなく、思考、対話、制度、データ、都市空間、社会システムなどに見られる変化のパターンを、「踊っていないように見える運動」として記述することを試みます。

研究の背景

一般に、舞踊は身体の運動、振付、上演、表現といった枠組みによって理解されます。しかし、実際には、舞踊的な構造は身体表現に限らず、より広い場面に見出されます。たとえば、複数人の対話における応答の間合い、制度の運用における反復と変化、都市における人の流れ、データの時系列的変動などには、配置と遷移の秩序が存在します。

本研究は、こうした現象を単なる比喩として「踊り」と呼ぶのではなく、舞踊という概念自体を再検討するための対象として扱います。すなわち、舞踊とは何かを問うために、まず舞踊でないと見なされてきた運動や変化を精査する立場をとります。

研究目的

本研究の目的は、舞踊を身体運動に限定しない記述枠組みを構築し、運動、変化、配置、反復の構造を横断的に分析することです。

具体的には、以下のような問いを扱います。

研究対象

本研究では、主として以下の対象を扱います。

身体運動としての舞踊

従来の舞踊実践や身体表現を参照しつつ、舞踊において何が本質的要素とされてきたのかを整理します。本研究は既存の舞踊理解を否定するためのものではなく、そこから何を引き継ぎ、何を拡張しうるのかを見極めるところから始まります。身体、リズム、反復、同期、上演性といった要素が、どの程度まで舞踊概念の核をなしているのかを検討します。

対話や思考における運動

複数人の会話における応答、間、繰り返し、逸脱、あるいは思考の展開に見られる推移を、時間的構造として記述します。本研究では、言葉そのものだけでなく、応答の速度、ためらい、ずれ、呼応、沈黙の入り方などを含めて、舞踊的構造がどこに現れるのかを観察します。

データおよび制度の変動

時系列データ、制度運用、組織的反復、社会システムの微細な変化などを対象とし、身体を伴わない変動のなかに舞踊的構造が認められるかを検討します。たとえば、上昇と停滞、反復と逸脱、同期と非同期のパターンは、身体表現の外部にも反復的に出現します。本研究はそのような構造を、単なる比喩ではなく記述可能な対象として扱います。

配置と空間の変化

人や物の位置関係、集合と離散、近接と分離、反復的な移動など、空間的配置の推移を分析対象とします。舞踊は身体の動きだけでなく、場の編成や位置関係の変化としても現れうるため、本研究では空間の組み替わりそのものを一つの運動として捉えます。

研究方法

本研究では、以下の方法を組み合わせて検討を行います。

記述的観察

身体運動、対話、データ変動、制度運用などの具体的事例を観察し、変化のパターン、反復、同期、逸脱を記述します。本研究では、何かが大きく動いた瞬間だけでなく、わずかなずれや周期的な揺れ、繰り返しの中での微細な差異にも注目します。舞踊的構造は、しばしば目立つ動きよりも、反復の中の差として現れるためです。

比較分析

舞踊として扱われてきた現象と、通常は舞踊と見なされない現象とを比較し、両者に共通する構造的要素を検討します。本研究は、「これは舞踊である」「これは舞踊ではない」という境界を前提にするのではなく、その境界自体が何によって成立しているのかを比較の中で明らかにしようとします。

概念分析

舞踊、運動、変化、配置、反復、上演、記述といった概念を整理し、対象横断的な理論枠組みを構築します。とりわけ、身体表現に由来する概念を対話、制度、データへ拡張する際に、どこまでが有効な転用であり、どこからが単なる比喩に留まるのかを慎重に検討します。

実践的検証

必要に応じて、観察対象の可視化、図式化、記録、再配置、簡易的な上演などを通じて、舞踊的構造の記述可能性を検証します。ここでの実践は作品制作そのものを目的とするのではなく、見えていなかった運動を見える形に置き直し、記述の妥当性を確かめるための方法として位置づけられます。

現在の検討課題

現在、本研究では特に以下の論点を重点的に検討しています。

本研究と空想虚構研究所との関係

本研究は、本研究所における「存在を、物理的実体だけでなく、記述、観測、役割、制度、反復、相互参照によって成立するものとして捉える」という立場のもとで進められています。

その意味で、本研究が扱うのは単なる身体表現ではありません。本研究は、何が運動として認識されるのか、何が舞踊として記述されるのか、そして記述そのものが対象のあり方をどのように変えるのかという問題に接続しています。したがって、無踊舞踊の研究は、舞踊に関する研究であると同時に、記述と存在の関係に関する研究でもあります。